2014年08月15日

読みました21:常識哲学

なだいなだ著

この本を執筆中に亡くなられたようで、完成ではないのだけれども、出版社さんが、講演記録や原稿などを基に作り上げた本です。
内容は、前回読んだ『とりあえず今日を生き、明日もまた今日を生きよう』の講演の書き起こしと似ている。
彼は、大事なことは繰り返し言うと生前言っておられたらしいので、重複することが多いのは理解できる。
『常識』と言う言葉は、英語の『コモン・センス』からで、それまでの『当たり前』と言う言葉に取って変わって急速に広がったと言うのはわかっていなかった。
あとがきを娘さんが書かれていて
『常識』とか『当たり前』と言う言葉は、好きではない。言われたら上から言われている感じで、快く無い。両親は常識から遠い人で、型にはめたようなことを娘にも言ったりしなかった のような内容だったように思う。
私も、全く同感で、この言葉は嫌いだ。だから、人にはできるだけ使わないようにしている。
けれども、なださんの『常識』の定義はもっと違ったところにあるようだ。
アルコール依存の患者に対して、わかりやすくそして、受け入れやすく話をする時に、この言葉はとても意味のあることばで、これを使うことで、相手が行動に移してくれやすくなったとのこと。
(詳しくは本を読んでいただくのが一番だけれど、私は、前回読んだ本の方が、おもしろみを感じました。)

この本の中で、興味を持ったところも多くあるので、3つ引用させてもらうことにする。
■戦争が終わった時、神棚を壊し、中にあった御神体のお札の中に稲穂がいれてあることを確かめるような、神様を冒涜するような孫が出てくるとは夢にも思わなかったでしょう。
■オスカーワイルドの
他人が聞いて分かるように話すことができなければ、ものごとを十分に理解しているとはいえない
という言葉縫い出会います。
■子供の精神発達の程度を調べるときに、何かモノを見せると、今持っているモノを放り出して新しいものに向かうかどうかを見る。
新しいものを出されてもすぐに飛びつかなくなれば、かなり成長した証拠になる。つまり赤ん坊の時代は「今」に支えられるが、成長するにつれ原因結果を、少しさかのぼって考えられるようになるということだ。

初めのは、明治生まれの福沢諭吉も同じようなことをしている。『福翁自伝』に、ごんたくれぶりがもっとリアルに書かれていて、おもしろいと想ったので、どうしてもこう言うことには、共感する。多分、私も子どもの頃、こんなことやった。なださんの時代は、私の子ども時代より、もっと神は神聖だったと思う。福沢さんなら、更に…。
それから、2番目のはなださんも言われているように、専門用語や難しい言葉を使って話しても、相手が理解できなければ意味がないと言うことで、本当にそう思います。
もう、何年も前に、新聞各社が、中学生にも理解できる内容の新聞を目指すと言っていたのを思い出します。
最後に3番目のは、これ衝動買いの購買欲を考えてしまった。カードローン地獄の人とか、そこまで極端じゃなくても、手持ちのお金と相談することなく、どんどん物を買ってしまう人とか考えてしまう。

【過去の関連ブログ】
本日終読24:福翁自伝(ふくおうじでん)


posted by ゆぅしゃん at 21:57 | 兵庫 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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